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義父 逝く



5月16日 早朝 義父が旅立った

5時前の妻からの電話で知り 葬儀のために荷物をまとめる

妻の喪服と自分の喪服 その他数日間の宿泊用の諸々で海外用の旅行カバンは満杯となった

8時を回ったところで上司に忌引き休暇を取ることを伝え 当日を含む週末までの仕事の予定についてアレンジを依頼した


2年前 義父は肺がんを発症した

免疫療法が効き 退院してデイケア等に行っていたが昨年再発した

余命1年の宣告


それでも自宅で療養していたが 1か月前に自分から病院に行くと宣告して入院

先々週にホスピスに転院して5日目

深夜に容体が急変したが 本人はモルヒネや吸引を拒否して 早朝に旅立ってしまったそうだ

ホスピスに転院してすぐは容体も安定していたため 妻は一旦介護を止めて高知に来る予定であったが帰る予定の前日に容体が急変した  

宣告からちょうど一年 

医者の宣告通りとなってしまった


とにかく 大きな荷物を抱え 平日に夕方ラッシュにかち合わないよう昼過ぎの便を確保し 羽田へ

DSC02340.jpg


夕方には妻実家へ到着し 遺品の整理を手伝う

夜は 義父が使っていた介護用ベッドで就寝

翌日は 嫁家族が集結するため宿泊できる体制をとにかく作る

その翌日が葬儀で朝9時から

その為 嫁実家に親族が集結し 揃って所沢市営斎場へ向かうため7時出発らしい

所沢市営斎場は周りが公園墓地でとても落ち着いた雰囲気

通夜が無かったため18日になって初めて遺体を見た 

とても痩せてはいたが違和感のない化粧は施された義父の顔が有った



宗派は浄土真宗

死んだ瞬間に阿弥陀如来の力で仏になるという教え

初七日までの法要を一気に済ませ 荼毘に付すまでの間 会食となった

DSC02353.jpg


お骨を拾い昼前には斎場で解散

遺影とお骨を自宅に戻し 以前から義父が言っていた 「 葬儀はにぎやかが良い 」 の遺言通り有志3家族でカラオケへ

義父の十八番であった 骨まで愛して  を妻が熱唱

自分は  音痴



帰宅後 亡くなる前の話を聞いた

容体が安定していたので妻は一旦帰るつもりだったこと

当日の見舞いでも特に変わったことは無く 話すことは辛そうだったので言葉カードを用意していたがうまく伝わらない(表現する前に何を言おうとしたか分からなくなる)ためノートとペンを使ったそうだ

使ったペンのインクが薄くノートに書き込めない  う す い と記入したのが最後だったらしい

入院するまである程度自分で身の回りの事が出来た事 有能な義兄のおかげで 家族の手を焼くことなく86歳で逝った

大往生 と思う


次は義母か ウチの両親か 

ウチの両親は今のところ不自由ではあるが 自分たちで何とか自活している

どちらにしても 全員もう10年も 持たないだろう


その次は兄弟姉妹か自分達

遺影を見ながらふと思う

義父とはあまり会う機会が無かったが いつもニコニコと歓迎してくれて酒だの食事に気配りのすごい人だった

家族からの信頼も厚く 亡くなるまで痛いの辛いのは一言も言わなかったらしい

強い人だったんだと

自分も少しでいいから近づきたいと

西城秀樹に 骨まで愛してを歌わせながら共に極楽浄土に行ってくれと

ナンマイダ ナンマイダ


あっ 亡くなった時点で仏様になっているんだった おまけに西城秀樹が浄土真宗とは限らないし....




翌日 荷物の片付け 掃除をしつつ テラスに出ると西の空に

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富士山がきれいだった








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プロフィール

debira

Author:debira
定年という言葉に反応し始めた技術系のサラリーマンです。
最近ちょっと記憶が..という事が多くなって来ました。
自分への備忘録を兼ねて日々の生活で行ったこと、感じたことをメモしていきます。
趣味の一つである狩猟・射撃に関しては刺激の強い内容となることがあります。
2017年5月からまさかの高知へ転勤。おそらく最後の転勤生活を楽しみたいと思います。

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